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札幌地方裁判所 昭和47年(ワ)1103号 判決

原告

小林武雄

右訴訟代理人

森越博史

外三名

被告

大正海上火災保険株式会社

右代表者

平田秋夫

被告

同和火災海上保険株式会社

右代表者

細井倞

被告ら訴訟代理人

山根喬

外二名

主文

一、原告の請求はいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

1、被告大正海上火災保険会社(以下被告大正海上という。)は原告に対し金六七〇、〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達日の翌日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2、被告同和火災海上保険株式会社(以下被告同和火災という。)に原告に対し三三五、〇〇〇円及びこれに対する本訴状送日の翌日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

3、訴訟費用は被告らの負担とする。

4、仮執行の宣言。

二、被告ら

主文同旨

第二、請求の原因

一、原告は昭和四五年一月八日被告大正海上と、保険金額一、〇〇〇万円、保険契約者並に被保険者を原告とする傷害保険普通保険契約を、同年二月一七日被告同和火災と、保険金額五〇〇万円、保険契約者並に被保険者を原告とする同種保険契約を各締結した。

二、原告は同年三月三日(以下本件事故日という。)午前一〇時ころ芦別市の芦別郵便局前路上で雪道のため滑り、前のめりになつて転倒し胸部を同郵便局のコンクリート製ポーチの端に打ち、その結果左肋骨挫傷の傷害を受け、右治療のため右同日から同年五月八日までの六七日間滝川市の佐藤医院に通院加療した。

三、前記保険契約によれば、原告は右受傷により被告らに次の保険金請求権を有する。

1、被告大正海上に対し金六七〇、〇〇〇円。ただし、治療期間一日金一〇、〇〇〇円の割合で六七日間分。

2、被告同和火災に対し金三三五、〇〇〇円。ただし治療期間一日金五、〇〇〇円の割合で六七日間分。

四、よつて原告は被告大正海上に対し金六七〇、〇〇〇円、被告同和火災に対し金三三五、〇〇〇円及び右各金員に対する本訴状送達日の翌日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の各支払いを求める。

第三、答弁及び抗弁〈以下―略〉

理由

一請求原因一項の事実は当事者間に争いがない。

二請求原因二項の事実について

(一)  原告本人尋問の結果及びこれにより成立を認める甲第一号証は同項の事実にそう。すなわち原告はその本人尋問において、「自分は、滝川所在の佐藤医院の入院中であつた昭和四五年三月三日すなわち本件事故日当日芦別市に居住する訴外松田七太郎を訪ねて同人から貸金の返済を受けたのち、芦別市立病院に入院中の同人の妻を見舞うこととし、その旨を佐藤医院に電話連絡すべく芦別郵便局に向つたのであるが、同局玄関前において氷に足を滑らせ、両腕を前に差出す格好で前のめりに倒れコンクリート製ポーチに胸部を打ち、同行していた右七太郎に助け起された。このような事故が起きたので見舞を中止し汽車に乗つて佐藤医院に帰院し、同日から同年五月八日まで同医院において湿布、電気治療、注射による治療を受けた。」旨供述し、また同号証によれば、右は昭和四五年三月三〇日付の佐藤医院医師佐藤鉄雄の診断書であるが、同医師は、原告が左肋骨挫傷により本件事故日から同月三〇日まで通院加療を要したものであり、同日から更に一ケ月間の通院加療を要し、しかもその間労働不可能と認める旨診断している。

(二)  しかしながら以下認定の諸点に照らせば原告の右供述及び前掲中第一号証の診断はたやすく信用し難い。すなわち、

1、証人松田七太郎の証言によれば、原告が本件事故日当日右七太郎方を訪れ同人から貸金の返済を受けた事実は認められるものの、同人が原告に同行して芦別郵便局に赴いたとか原告の転倒を目撃したりあるいは原告を助け起したなどの事実はこれを認めることができない。

2、次に前掲甲第一号証によれば原告の受傷部位は左胸部となるが、原告はその部位に関し、本人尋問において「右胸部の中央より上の方であると思う。」とか「胸部の右か左かはつきりしない。」旨供述しその供述内容が曖昧である。なるほど本件記録上明かなとおり本件事故日と右供述日との間に約四年半の日時の経過をみているから通常の事態では日時の経過により記憶が不鮮明になることを理解しえないことはないが、〈証拠〉によれば、後記4のとおり原告が昭和四三年九月一日自動車事故により左拇指を切断したとして保険会社に自賠責保険金及び傷害保険金を請求したことに関し、本件事故日当時原告と右保険会社間において拇指切断の原因についての原告の主張の真実性が深刻に争われていたのであり、かかる状況下において原告が本件事故日後間もなく被告らに対し本件事故にもとづく傷害保険金を請求したのに対し被告らは直ちに抗争し以来その紛争が継続してきたことが認められるのであるから、かかる特別の事情下におかれている原告としては傷害の部位を含めて本件事故に関する記憶をさ程た易く失うことはない筈であり、またその傷害の程度が前掲甲第一号証記載のとおり長期安静療養を要するものであつたとすればかなり重い傷害であつたといえるからその面からみても傷害の部位についての記憶が長期間保持されてよい筈であつて、右の諸点を合わせ考えれば、本件事故日と右供述日間の時間の経過を考慮するも、受傷部位について原告が前記の如き曖昧な供述しかなしえないということは納得し難く、それ故原告が果して胸部に打撃を受けたかについて強い疑いを抱かざるをえない。

3、更に前記認定の佐藤医師の診断内容について検討を加えるに、「肋骨挫傷」なる診断がいささか奇異であつてその内容が捕促し難いうえ、原告が本件事故日から約二月間通院加療を要しその間就労不可能であつた程の重傷を負つたとは認めることができない。すなわち前掲甲第一号証及び原告本人尋問の結果によつても、傷害の程度は通院加療で足りかつ湿布、電気治療及び注射の施療で足りる程度であつたことになるうえ、原告本人尋問の結果によると、原告は本件事故当時胃潰瘍治療名目下に佐藤医院に入院しておりかつその治療のため同年五月二〇日まで在院を続けていたのであつて、その間就労不可能であつたとすればその因は胃潰瘍にあつたと認められるからである。

してみると前掲甲第一号証にあらわれる診断はかなり杜撰なものでたやすく信用しえないといわざるをえない。

4、更にまた前掲乙第一二号証によれば、原告は、いずれも自己を被保険者として、(1)訴外東京海上火災保険株式会社と、昭和四二年九月二日、保険金額を一、〇〇〇万円とする交通事故傷害保険契約及び昭和四三年三月一三日、保険金額を五〇〇万円とする傷害保険契約を、(2)訴外日本火災海上保険株式会社と、昭和四三年七月一八日、保険金額を三〇〇万円とする傷害保険契約を、(3)訴外共栄火災海上保険相互会社と、同年七月一八日、保険金額を二〇〇万円とする傷害保険契約及び同年八月八日、保険金額を三〇〇万円とする傷害保険契約を、(4)訴外千代田火災海上保険株式会社と、同年七月二五日、保険金額を三〇〇万円とする傷害保険契約及び同年八月三日、保険金額を五〇〇万円とする傷害保険契約を各締結したところ、その保険期間内である昭和四三年九月一日訴外桃山勝光運転の貨物自動車左ドア軸付近に左拇指を挾まれ切断したとして右各社に傷害保険金の支払いを求めたほか、いわゆる自賠責保険金をその保険者である訴外大東京火災海上保険株式会社に対し請求したこと、しかしその発生原因に不審を抱いた右各社が原告の主張の真実性を争い保険事故に当らないとしてその支払いを拒絶し、以来原告と右各社間に保険金請求権の有無を繞つて深刻な対立が続き、原告は右各社を相手取つて当庁に保険金請求訴訟を提起し(当庁昭和四六年(ワ)第三〇二九号事件)、昭和五〇年五月一六日原告の請求を棄却する旨の判決によつてその紛争が止んだのであるが、(なお同判決は控訴なく確定したことは当裁判所に明らかである。)、原告の請求が棄却されたのは、右の拇指切断が原告主張の原因により偶発的に発生したとする前記桃山勝光及び原告の供述がいずれも信用できないとの理由によるものであつたことが認められる。

(三)  他に請求原因二項の事実を認めるに足りる証拠はない。

三してみれば、原告が本件事故日に主張の原因により主張の傷害を受けたことを認めるに足りないのであるから、その余の点を判断するまでもなく原告の本訴請求は失当として棄却すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(藤原昇治)

別紙第一、第二《省略》

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